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コンテンツやブログ(お知らせ・日記)

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東浦和(1981年頃)写真

1981年頃の東浦和駅周辺、航空写真 尾間木中学校がまだありません。 殖産住宅団地の造成が始まっています。 現在の浦和東警察署がゴルフ練習場 1981年(昭和56年)当時の東浦和駅「1日平均乗車人員」が5,2...
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間取り図、漫画 アニメ

*間取り画像は、リンクフリーでお使い頂けます。 野比家間取り図 間取り図 木造3LDK 2階建て 磯野家間取り図 三世帯同居、田の字型木造住宅 所在地:東京都世田谷区桜新町 建物面積:約1...
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公図上に地番がない土地「青地」

青地(あおち)とは、法務局(登記所)で閲覧することができる公図(土地の境界や建物の位置を確定するための地図)に青く塗られた部分の土地のことで、公図上に地番がない土地のことです。 これらの土地は、現況では宅地などになっていますが、元は水路・河川敷であった場所で国有地です。 この青地は、国有地なので住宅が建てられる土地、あるいは建っている土地に存在することはないはずです。
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日本の美の真髄、憧れの数寄屋造りの家

「数寄屋造りの家」と聞くとちょっとあこがれますよね。純和風の高級住宅なイメージがあります。数寄屋造り(すきやづくり)とは、安土桃山時代から江戸時代にかけて完成された建築様式です。その昔、平安時代に貴族たちによって寝殿造りが隆盛をきわめました。やがて室町時代になり武家社会となっていくと書院をもつ建物を中心とする書院造りが確立されていきました。書院造りは序列や格式を維持する役割も持っていて、床の間、書院、違い棚など厳格な様式が決まっていました。武家は自らの権力を示す意味もあり様式にこだわりつつ豪華な装飾がほどこされた建物を建てていくようになります。そんな中で、茶の湯の流行とともに台頭してきた茶人たちが、その美意識により建築様式にも変化が与えることになっていったのです。
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床の間とは?床の間ってなんのためにあるの?

床の間とは?床の間についてのトピックス 少し前の日本の住宅には必ず床の間がありました。 和室の奥に設けられ、掛軸がかかっていて、生け花や壺を飾ったり、お正月には華やかなお正月飾りが飾られていましたよね。 最近の新しい住宅か...
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千年以上も引き継がれてきた畳の魅力

日本人で畳を知らない人はいないでしょう。最近は洋風の住宅が主流になってきましたが、ひとつは和室があるというお宅も多いと思います。物件情報を見る際にも、部屋サイズは6畳、8畳など表記されるのが一般的ですし、○○㎡と表記されるより広さがピンとくるかと思います。この日本人の住文化に切り離せない畳について解説してみたいと思います。
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